NASCARのブレーキにまつわる5つの誤解。実はF1とは全く違うのです。

2018/01/25

 サーキットはまさに戦場。結果は最終ラップまで予測不能。資金力の乏しいチームだって優勝も夢じゃない。チャンピオンの座のゆくえは最終戦まで予断を許さない熾烈な戦い、それがNASCAR。

​​​​​アメリカではおなじみのこのスリリングなレースは、毎年2月から11月にわたって全36戦が開催されます。使用する車両は超重量級(F1マシン2台分に相当する約1,540kg)で、現在は3社のメーカー(シボレー、フォード、トヨタ)が参戦しています。

昨シーズン、チャンピオンの座を獲得したのは、ファニチャー・ロー・レーシングのマーティン・トゥルーエクスJr.。全シーズンをブレンボのブレーキシステムで戦いました。​

​NASCARのレギュレーションでは、伝統に則してボディにロールケージ一体型のパイプフレームを義務づけています。車長は5.3メートル、車幅は1.94メートルで、エンジンは排気量5,860ccのV8エンジン、トランスミッションは4速MT、燃料とタイヤは各マシン共通です。そして、外見は1970年代頃から大きく変わっていません。

F1マシンはもちろん、DTMやFIA世界耐久選手権(WEC)など世界各地で開催されるGTチャンピオンレースとは明らかに一線を画すNASCAR。だからといって時代遅れというわけでは決してありません。なぜなら、各チームとも、レギュレーションの範囲内で膨大な研究と風洞試験を重ね続けているからです。オーバルトラックでは最高速度こそが鍵なのです。そして、ブレーキシステムの構造と使用法にも同様に多くの研究努力が注ぎ込まれていることを知れば、NASCARについてあまり詳しくない人にとってはそれが一番の驚きになるはずです。2017年NASCARチャンピオンのマーティン・トゥルーエクス・Jr.が使用していたのは、ブレンボのブレーキシステムです。彼が所属するファニチャー・ロー・レーシング/トヨタは、さまざまなタイプのブレーキディスクとキャリパー、ブレーキパッドをサーキットに応じて使い分けながらシーズンの全36戦を戦い抜きました。

そこで、NASCARで使用するブレーキシステムについての5つの誤解を、今回ここで解いてみることにします。


 

 

1) オーバルトラックを周回するだけなのでブレーキは重要ではない、という誤解

NASCARは、毎シーズン少なくとも2回はロードコースで開催されます。2017年はソノマ・レースウェイ(全長3.2km、コーナー数10)とワトキンス・グレン(全長5.4km、コーナー数11)でした。これらのコースでは当然のことながら各コーナーの手前でブレーキを毎回使用します。その総時間は1ラップ平均20~30秒で、レース全体に占める割合では約30パーセントとなります。

 

 
 

2) オーバルトラックではブレーキはほとんどあるいは全く使わない、という誤解

タラデガ、デイトナ、インディアナポリスといった距離の長いサーキットでは、ドライバーがブレーキを使用するのはピットインの際とイエローフラッグが出た時だけですが、NASCARには全長が0.8~1.6kmのショートトラックと呼ばれる小さなサーキットも数多くあります。その場合はコーナリングにブレーキが必要で、1ラップで2回、出口まで操作することになります。これらのブレーキ区間は、マシンのセットアップにとってはもちろん、ドライバーにとっても自分好みのライン取りをし、トレースするうえで非常に重要なセクションです。マーティンスビル・スピードウェイを例にあげると、ブレーキを使用する2か所でそれぞれ6~7秒を要します。したがって、実際のところドライバーの操作はアクセルよりもブレーキの方が多くなります。​


 

3) ブレーキシステムはF1と同様で、全サーキット同じである、という誤解

F1ではブレーキキャリパーはシーズンを通して同一のタイプを使用しますが、NASCARの場合、オーバルトラックが3種類あり、それに合わせてブレーキキャリパーも3種類のバリエーションを揃えて使い分けなければなりません。スーパースピードウェイ(全長4km台のオーバルトラック)では、ブレーキはピットイン時とイエローフラッグが出た時以外は一切使用しません。インターミディエイトトラック(全長1.6~4kmのオーバルトラック)では極めて限定的に使用します。一方、ショートトラックではコーナリングはすべてブレーキ区間です。そのため、スーパースピードウェイのレースではサイズの小さいキャリパー、ショートトラックでは逆に大型になり、インターミディエイトトラックではその中間のサイズを使用します。また、ブレーキディスクについては、F1の場合、ベンチレーションホールの数は変わるもののディスク径はシーズンで同一ですが、NASCARではサーキットの種類に合わせてフロントディスクの径と厚さを変えています。

 

 
 

4) ブレーキシステムはどのドライバーでも同じ、という誤解

キャリパーとディスクの温度をコントロールするために、各チームはマシンごとの空力要件に合わせてベンチレーションをさまざまに変える必要があります。そうしたチームのニーズに応えるため、ブレンボではディスクの通気路設計に焦点をあてて個々のソリューションを研究しています。また、チーム内でドライバーによってブレーキングスタイルが異なり(最初強く踏み込んで徐々に弱めるF1スタイル、あるいはその逆)、チームメイトで別々の摩擦材やディスクを使用する場合もあります。


 

5) F1、DTMやGT世界選手権よりもブレーキシステムの重量が重い、という誤解

1.5トン以上もの重量がある車両を減速させるわけですから、どっしりと重厚なブレーキシステムが必要だと思われるかもしれません。しかし実際は、ブレンボがショートトラック用に供給する6ピストンモノブロックフロントキャリパーは、重さわずか2.8kg、スーパースピードウェイ用の4ピストンフロントキャリパーにいたっては2.3kg以下です。ディスクはスチールですので、重量は明らかにF1のカーボンディスクを上回ります。NASCARでは、ショートトラック用の径328mm、厚さ42mmのディスクの場合10.5kgの重さがあります。一方、スーパースピードウェイ用としては重さ4.9kgの超軽量ディスクで径328mm、厚さ28mmのものを供給しています。​ ​