40年間でブレンボはF1サプライヤーとして25回のワールドチャンピオンを獲得しました。

2016/08/03

ブレンボとともに優勝を勝ち取った12チームの略歴をご紹介します。

​F1にデビューすること、そしてすぐにワールドチャンピオンの座につくことは、誰もができるわけではありません。しかし、ブレンボはこれを見事にやってのけました。フェラーリチームに少量の鋳鉄ディスクを供給した1975年のことです。それまで優勝から11年遠ざかっていたフェラーリの地元マラネッロの町に、この年、再びポールポジションが戻ってきました。好感触を得たフェラーリは、翌年もブレンボとのパートナーシップを継続し、コンストラクターズチャンピオンを獲得しました。2年連続、そして1977年には3年連続のハットトリックを達成しました。


コンストラクターズチャンピオンを3年連続獲得できたことで、フェラーリとブレンボの結びつきは強固なものとなり、ブレンボはその後40年もの間、F1のフェラーリチームにブレーキシステムを供給し続けています。この間、両者は互いに充実した連携を続け、フェラーリのチーム優勝は172回に達しました。マクラーレンを2回上回り、ウィリアムズとは58回もの大きな差をつけています。

 

 

172回の優勝、そのそれぞれでブレンボは、フェラーリの特性に合わせたシステムの調整や最先端技術の開発など、自らの役割を果たしてきました。確かな連携関係はどれもそうですが、手ごたえのある仕事を誠心誠意やり遂げれば、結果はついてきます。1999年から2005年までの6回のシリーズは、実に忘れられないものとなりました。6年連続のコンストラクターズチャンピオンと、63回もの優勝を獲得したのです。


フェラーリとともに獲得したこの素晴らしい偉業は、ブレンボの誇りです。フェラーリのコンストラクターズチャンピオンは、1961年と1964年の2回をのぞき、他の14回はブレンボとのパートナーシップのもとで達成しています。


 

1985年、F1にデビューして10年を迎えたブレンボは、他のチームでも実力を発揮しました。この年、最初の優勝はロータスでした。ロータスはシリーズで3度優勝しています。ドライバーは、ロータスでは最後となるアイルトン・セナ、そしてエリオ・デ・アンジェリスでした。セナは、エストリルとスパ・フランコルシャン、アンジェリスはイモラでそれぞれ優勝しています。セナは翌年から2年間、ブレンボがブレーキを供給するマシンで4勝をあげています。


1986年、ベネトンがF1デビューを果たしましたが、シリーズ後半にブレーキをブレンボに変えています。ベネトンはこの年、デビューシーズンで初優勝という快挙をメキシコGPで達成しています。ドライバーはゲルハルト・ベルガーでした。この初優勝の後、ベネトンが獲得した27回の優勝には、すべてブレンボがブレーキを供給しています。


 

 

 
 

1989年には、マクラーレンもブレンボを採用し始めます。フェラーリの際と同じで、最初の3年間で同じ3回のコンストラクターズチャンピオンを獲得しました。しかし、その後の協力関係では十分な成果を出せず、1995年、マクラーレンとの契約は終了しました。マクラーレンとのパートナーシップでは、現在までで合計34回の優勝を獲得しています。


90年代になると、ブレンボは、リジェ(忘れがたい1996年モナコGP)とジョーダン(チーム史上最多となる全4勝)にブレーキシステムを供給して、優勝に貢献しました。ブレンボにとってこれが第3の黄金期の始まりで、さまざまなチームのあらゆるマシンに対して適応能力の高さを発揮していきました。ホンダ、BMWザウバー、トロ・ロッソのいずれとも、1回以上の優勝を果たしています。


 


 



かつてない速さで優勝を重ねるブレンボは、2007年と2008年のフェラーリに続き、2009年にはブラウン(シリーズ8勝)、さらに2010年から2013年に4年連続で破竹の勢いをみせたレッドブル、そして2014年と2015年のメルセデス、これらを合計して9年連続のコンストラクターズチャンピオンという偉業を達成しました。

レッドブルは優勝50回、メルセデスは優勝36回で、ブレンボのブレーキを採用して優勝した回数のランキングで、それぞれ2位と3位を占めています。

 

 

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