ドヴィツィオーゾの勝利の秘密―カギはブレンボのマスターシリンダー?

2017/06/23

 ドゥカティの人気ライダーであるアンドレア・ドヴィツィオーゾがブレンボのサムブレーキマスターシリンダーを使用し始めたのは一年前のことでした。今回は、彼が使うサムブレーキマスターシリンダーの概要とその仕組みについてお話ししましょう。

先週のカタルーニャ戦で2戦連続でのダブルウィン(イタリアGPおよびカタルーニャGP)を達成したアンドレア・ドヴィツィオーゾは、すべてのドゥカティファンの夢を叶えてくれました。
イタリア、ボルゴパニガーレから生まれたこのメーカーが2戦連続での勝利を飾ったのは、実に2010年のケーシー・ストーナー以来のことです。 そうなると、皆さんは気になるでしょう。
「このライダーがここまでのレベルまでカムバックできた秘密が知りたい」と。 昨年のレース前半まで、ドヴィツィオーゾがMotoGPレースで勝利したのはわずか1回のみでした。それが現在、たったの7日間で彼は新たに2回の勝利をおさめ、昨シーズン最後の2016年マレーシアGPでの1回を合わせて計3回の優勝を手にしたのです。

彼のパフォーマンスはここ最近の12~15レースで完全な変貌を遂げましたが、それには様々な要因が関連しているように思われます。 ただ、一見して目立つ部分ではないため忘れられがちなのですが、その成績向上の時期とちょうど重なる出来事としては、ブレンボがドヴィツィオーゾのためだけに、あるテクニカルソリューションを提供したことが挙げられます。

昨シーズンの後半、ドヴィンツィオーゾは徐々にハンドレバーを使ったリヤブレーキのコントロールに慣れるよう訓練を積んでいました。実はこれが、ブレンボのエンジニアたちが彼のためだけに復活させたコンポーネントです。
ここ数カ月のパフォーマンスを見てみると、彼は非常にうまくこのインストルメントを使いこなせるようになっていますが、これは単にブレーキングセクションでバイクのスピードを落とすだけではなく、加速時に車体のバランスを取る上でも大きく役立っています。

また、危険な横滑りの発生を回避するため、彼は最適な状態に補正された「クランプ」を使用して、トラクションコントロールを文字通り「手動」で行っているのです。 では、このちょっと変わったリヤマスターシリンダーをブレンボが設計・製作した理由、つまりこのコンポーネントを使うことで得られるメリットについて、詳しく見ていきましょう。


 

 

 
 

開発の起源

ブレンボのエンジニアたちが最初にサムブレーキマスターシリンダーを開発したのは、オーストラリア人ライダー、ミック・ドゥーハンが抱える身体的ハンディを補うためでした。
ミックは1992年のホラントGPで500 cc のテストテストラップ中に転倒し、その事故で彼はあと少しで右脚を切断されてしまうほどの重傷を負いました。 それ以来、彼は足で力のコントロールを行うことが困難となったため、ブレンボのエンジニアたちが彼専用のソリューションを設計しました。
それは、右側のフットペダルの代わりに、左ハンドルバーに配置されたハンドコントロールを使用してリヤブレーキを制御するというものでした。
ブレンボが提供したこのソリューションは、その後に実現したミック・ドゥーハンのレースへの復帰、更には1994年から1998年までの世界選手権5連覇に大きく貢献した要素の一つです。現在でも多くの専門家が、サムブレーキマスターシリンダーこそがミック・ドゥーハンの圧倒的な快進撃に不可欠のファクターであったと指摘しています。


 

注目再び…

ドゥーハンの例に続いて、何人かのライダーが同様にこのソリューションを試しましたが、結果は必ずしも良好とはならず、また、誰もこのオーストラリア人ライダーほどのスキルを持ち合わせていませんでした。
その後このソリューションはしばらく影を潜めていましたが、最近になってサムブレーキマスターシリンダーが再び注目されています。冒頭のドヴィツィオーゾは2016年から同シリンダーを使用しており、今年からはダニロ・ペトルッチほか、複数のライダーが実用前の実験段階に入っています。 SBKでいうと、トム・サイクスはブレンボ製サムブレーキマスターシリンダーの大ファンの一人です。

 

 
 

メリット

最近になって再び注目され始めたサムブレーキマスターシリンダーですが、現在の用途は当初の開発理由、つまり「リヤブレーキのコントロール」からは変化しています。現在のライダーの使用目的は、主にコーナー部での横滑りの回避であることがほとんどです。 実際のところ、サムブレーキマスターシリンダーはトラクションコントロールのための手段の一つとして有効です。ライダーはコーナリングの最中にレバーを操作することでタイヤを最適なトラクションポイント付近に留まらせ、また、バイクを素早くまっすぐに戻すことができます。 更に、従来のリヤブレーキに対して、サムブレーキマスタ―シリンダーはより人間工学的に優れたコンポーネントであると言えます。

靴のサイズが43を超えるような大きな足のライダーにとって、リーン角が60°以上となるコーナリング時にはバイクと路面の距離が非常に近くなるため、ペダル式のレバーを上手に操作することが非常に難しい場合があります。一方でサムブレーキマスターシリンダーであれば、(ある程度の慣れが必要になるものの、)よりセンシティブなコマンドが可能となり、ライダーはバイクのコントロールをより精密に行うことができるようになります。 現在、MotoGPで使用されるブレンボのサムブレーキマスターシリンダーはペダル式のマスターシリンダーと併用する形で実装されています。リヤマスターシリンダーはデュアルサーキット式ブレンボマスターシリンダーに改良され、状況に応じて従来のペダルとサムブレーキのどちらからでもリヤブレーキのコントロールを行うことができるようになっています。


 

実車への適用

今まで脚(右足)で操作していたものを手(親指)で操作することになるため、サムブレーキマスターシリンダーを適用するには、やはりある程度の「慣れ」が必要となります。
また、何度も実走を重ねながら、ハンドルバーのどの位置にそれを配置するのが最適であるかを見つけ出し、理想的な補正状態の確保とライダーのオートマティズムの形成(無意識的に操作を行うことができるレベルまで身体に手順を叩き込むこと)を行う作業も必要です。
ネット上の記事で多く取り上げられたように、例えばホルヘ・ロレンソは昨年の2月からオーストラリアでサムブレーキマスターシリンダーの実装に向けて実験を開始しましたが、彼は数年前のセパンでヤマハが提供した同様のソリューションを試しており、その時は使用を取りやめていました。
現在、複数名のライダーがブレンボのこの種のソリューションを試しているところです。

 

 

購入はできる?

ブレンボのサムブレーキマスターシリンダーは僕のバイクにもつけられるんだろうか? ― もちろん可能です。www.moto.brembo.comのコンフィギュレーターを使用すれば、ご使用のバイクに適したブレンボ製品を検索することができます。 このマスターシリンダーはレース専用設計で、操作は左手で行います。
また、13 mmまたは14 mmのピストンを使用。ピボットディスタンスは16 mmです。このコンポーネントはレースに特化して設計されていることに十分注意してください。
このため、量産型バイクに取り付ける際には別売りの専用アダプターを使用する必要があります。 更に、最も重要な注意点として、本製品の取り付けは十分な知識と技術を有する専門の技術者、特にレーシングセクターでの経験が豊富な技術者が行ってください。親指1本であなたのライダーライフに革命を。