アントニオ・カイロ―リvsバレンティーノ・ロッシ : ブレンボ製ブレーキの相違点と共通点

2017/09/22

 9回ものワールドタイトル獲得なんて、決して偶然ではありえません。モトクロス世界選手権とMotoGP、両方のカテゴリー制覇に向けてブレンボが練るブレーキ設計の戦略をご紹介します。

2017年のモトクロス世界選手権は、アントニオ・カイロ―リが制覇しました。カイロ―リはシチリア島メッシーナ県のパッティ出身。苦難の2年間を乗り越えて、世界チャンピオンの座に返り咲きました。

母国イタリアに再び捧げるワールドタイトル。残念ながら、練習中に怪我を負ったロッシにはその栄誉を今シーズンは手にすることは非常に難しくなりました。

この二人の天才には、目立った共通点がいくつかあります。おもなものをあげてみましょう。


 

1)優勝回数:二人とも世界制覇を9回成し遂げ、そのうち7回をトップカテゴリーで獲得しています。

ロッシは1996年の125ccクラスの時代から現在に至るまで、ブレンボ製のブレーキを使用しています。優勝は115回、世界制覇は9回(1997年、1999年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2008年、2009年)という、ブレンボ製ブレーキ搭載マシンとしては最高の戦績を誇るライダーであると同時に、125cc、250cc、500cc、そしてMotoGPの全クラスでワールドチャンピオン経験のある唯一のライダーでもあります。
一方、アントニオ・カイロ―リは、ブレンボ製ブレーキとの出会いはKTMチームに加入した2010年で、それ以来使用を続けています。
優勝は54回、世界制覇はMX1クラスで2010年、2011年、2012年、2013年、MXGPクラスで2014年と2017年の合計6回果たしています。


 

2) キャリパー:二人とも長年にわたってブレンボのアルミニウムキャリパーを使用しています。

材質は確かに同じですが、レースの路面条件とスピードから想像できるとおり、その仕様には大きな差があります。
アスファルトで時速300キロ超のスピードを出すロッシのヤマハには、フロントに4ピストンキャリパーをラジアルマウントで2つ装着し、パワフルな制動力(時速300キロから時速100キロへ5秒未満で減速)を確保しつつ、操作性も両立させています。製法はもちろんモノブロック。約20年前にブレンボがアプリリア250向けに世界で初めて考案し、その後500ccクラスで採用された画期的な製法です。

一方、モトクロス世界選手権の場合、コースで時速100キロを超すことは、土の状態による一時的な場合を除き、極めてまれです。ブレーキには操作性よりまずはパワーですが、グリップの低いコースでマシンをコントロールするには高い操作性が不可欠です。そのため、カイロ―リの所属するKTMチームでは、24mm径2ピストンのフローティングキャリパー1個を採用しています。フローティングキャリパーは、固定式キャリパーに比べ、ゆがみのあるディスクに対してもかみ合いが持続するという利点があります。

ディスクのゆがみは珍しいことではなく、岩に当たったりマシン同士の接触や転倒が起こったりした際に生じます。ディスクがゆがんだ状態で固定式キャリパーを使用すると、クランプにくっついて、ホイールが完全にロックしてしまう可能性があります。 カイロ―リの使用するキャリパーの特長をもうひとつあげるなら、ブリッジ部分に設けた開口部です。この工夫を加えることで、グリッパーに泥がたまってキャリパー内部のディスクの動きが悪くなるのを防いでいます。

 

 

3) マスターシリンダーとポンプクラッチユニット:二人とも、フロントとリアにブレンボのマスターシリンダーとポンプクラッチユニットを使用しています。

ロッシはチームメイトとともに長年にわたってラジアルフロントマスターシリンダーを使用していますが、その目的は、レバーを引く方向のねじれをなくすことにあります。言い換えると、ブレーキレバーを引いた際のエネルギーが、ブレーキシステムに無駄なく伝わるようにしているのです。

これで得られるプラス分はごく少量に思えますが、スタートからゴールまででライダー1名がブレーキレバーに加える力の合計は、平均で11トンを超えます。このエネルギーのうち分散させてしまう分があるとすれば、その力をどこかで足さない限り、同じ量の制動力は得られません。

カイロ―リの場合、スピードは低いので、9mmピストン19mmホイールベースのタンク一体型アキシャルフロントマスターシリンダーを使用しています。使いやすさと剛性を向上させ、かつ省スペースを実現しているのが利点です。 ただ、カイロ―リをはじめ、モトクロスのライダーたちのライディングには、リアマスターシリンダーの操作が非常に重要です。カイロ―リは13mmのポンプを26mmピストンのモノブロックキャリパーに組み合わせて使用しています。この組み合わせがコーナリング時のマシンの傾きをアシストし、横滑りを防止しています。

スタートダッシュを狙う二人には、ブレンボの油圧クラッチポンプが欠かせません。序盤のコーナリングを重要視する戦略です。

 

 

4) ブレーキディスク:二人とも、ディスクにカバーをかけて機能性を保持しています。

ロッシは最大340mm径のカーボン製のディスクを使用します。カーボンディスクはスチール製に比べて軽量でありながら、はるかに高い制動力を発揮します。ただし、それには温度が300度以上に達している必要があります。

マシンが軽量で、スピードも低いカイロ―リの場合、使用するディスクは径の小さい260mm径で、摩擦面はスチール製です。

ディスクに二人とも機能性を保つカバーをかけるのは同じですが、その理由は異なっています。カイロ―リが普段カバーをかけておくのは、泥や砂がディスクやパッドに付着して摩擦材の摩耗を早めてしまうのを防ぐのが目的です。一方ロッシは、ウェットコンディションでディスクが冷えすぎるのを防ぐためにカバーを使用します。


 

5) ブレンボの設計方針の違い

以上のように、二人ともブレンボのブレーキシステムをそれぞれ使用していますが、大きく違うのは設計アプローチで、正反対と呼べるほど異なっています。

ロッシのブレーキシステムは、そのときどきの必要性に応じて調整します。これは長年のレース経験があるからできることです。チームメイトの選ぶブレーキシステムも同じ仕様(カーボン製ディスクとパッド、スチール製ブレーキ、ラジアルブレーキポンプ)ですが、各人が自分のライディングスタイルに合うよう調整したうえで使用しています。

一方、カイロ―リのブレーキシステムの場合、ベースとなるのは、ブレンボが供給しているKTM向けの基本システムで、ディーラーから購入するバイクに使用されているものです。それをもとに、ブレンボのエンジニアが部分的な改造やリアブレーキキャリパーなどのレース用パーツの追加を行ってレース仕様に仕上げています。