F1 vs ル・マン:ブレンボ製ブレーキシステムの性能比較

2018/06/12

 両レースのブレーキシステムとその性能を供給元のブレンボが徹底比較

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半世紀にわたり、世界最高峰の四輪レースとしての名声を誇っているF1とル・マン24時間耐久レース。ここ数年、参戦メーカーが改良に膨大な努力を注いだ結果、ついにどちらのマシンも1,000馬力のハイブリッドエンジンを積むまでに進化しました。

これほどの高出力を実現しているのは、F1マシンの場合、6つのコンポーネントの複合体であるパワーユニットです。最高出力15,000回転の1.6リッター6気筒内燃エンジンに、ターボチャージャー、MGU-H(熱エネルギー回生システム)、MGU-K(運動エネルギー回生システム)、電子制御ユニット、バッテリーを組み合わせて構成されています。
一方、ル・マン24時間レースの場合は、マシンのパワーユニットは参戦メーカーによって構成がかなり違っています。2.4リッターツインターボエンジンと運動エネルギー回生システムとの組み合わせを主軸とするメーカーもあれば、自然吸気エンジンにこだわって4.5リッター(レギュレーションの最大排気量は5.5リッター)まで上げているメーカーもあります。

F1マシンには非常に大きな減速度がかかり、5Gを超えることも珍しくありません(モンツァでは6.7Gにも達します)。一方、ル・マン24時間レースでは最高でも3.5Gです。この大きな差は、車重の違いによって生じています。
F1マシンは、最低重量がドライバーの体重を含めて1,616ポンド(733kg)と規定されていますが、ル・マンのLMP1マシンの場合、車重が最低1,929ポンド(875kg)、カメラ機材や交換用電源ユニットが6.6ポンド(2.994kg)と定められています。もちろん、ハイブリッド仕様でないLMP1マシンは最大で45kg分軽くなり、1,836ポンド(832.8kg)が総重量となります。

 

 

100分間と24時間というレース時間の大きな違い


F1のレース時間はおよそ100分間で、2時間以上になることはありません。しかし、ル・マンは24時間、丸1日続きます。そこで、比較のため、コース長やコーナー数、地理的条件や気象が似たF1サーキットを例にしてみます。スパ・フランコルシャン、そこで開催されるF1ベルギーGPでは、ブレーキ区間が約350か所ありますが、ル・マン24時間レースではブレーキの操作回数は4,000回以上にも及びます。これはブレーキのサプライヤーにとっては非常に厳しいレース条件ですが、幸いブレンボには耐久レースの実績が20年あるため、その豊富な経験を生かして最適なソリューションを開発し続けています。
F1マシンとLMP1マシンに共通する要素はただ1つ。それは、ブレーキディスクがカーボン素材だということです。ディスクの属性をみると、以下の表のとおり差異がかなりあります。

 

F1ル・マン24時間レース
​ディスク厚さ​32 mm以下30~32 mm
フロントディスク径​278 mm380 mm以下
リアディスク径260~272 mm355 mm以下
ベンチレーションホール数 ​1400個以上36~430個
動作温度範囲350~1000 gradi350~800 gradi
レースあたりの摩耗量​1 mm未満ディスクで3~4 mm 、パッドで8~10 mm​​
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ディスク径の違いは、両レースで使用するマシンのホイールサイズと関係しています。F1は現在13インチですが、ル・マン24時間レースでは18インチを使用しています。


 

空冷性能の違い


F1では、ブレーキシステムの過熱を防ぐ空冷性能が非常に重要です。ブレンボは、ベンチレーションホール数の異なる3タイプのディスク(約900個、約1,200個、約1,400個)を供給しています。その中から、GP開催中の予想気温とチームの戦略に応じて各ドライバーが選択します。

ドライバーが空冷面の戦略をどう立てるか、つまり放熱性をいかに上げられるかを、どのチームも非常に重要視しています。何しろF1のブレーキディスクはレース中に1,000°Cもの高温に達することがあるからです。 一方、LMP1マシンの場合、24時間レースでの空冷性能はそれほど重要ではありません。むしろチームにとっての懸案はその逆、すなわち、ブレーキシステムを冷却するではなく、特に夜間やセーフティーカー導入時などに冷え過ぎないようにいかに温度を保つかにあります。したがって、LMP1マシンでは、ベンチレーションホール数に関してはかつてのF1マシンと同じ個数のディスクが使用されています。

ル・マンでは、カーボンディスクの温度が350°Cから下がらないように保つことが重要です。この温度を下回ると、摩擦材の表面にグレージングが生じることで制動性が低下し、その結果ディスクの摩耗が早まってしまいます。この対策としてブレンボは、熱伝導性に優れた素材をディスクとパッドに採用しています。

 

 

摩耗とチェックシステムの違い


F1と同様に、24時間レース用のLMP1マシンにもブレンボ製のカーボン素材のブレーキパッドが使われています。当然それらのパッドは24時間のレースに耐えるように厚めの仕様になっています。

F1の場合、パッドとディスクの摩耗は1mm以下なのに対し、ル・マンのLMP1マシンではディスクで3~4mm、パッドで8~10mm摩耗します。

F1では、減り具合の監視用にマシンにセンサーを搭載し、ディスクとキャリパーの温度をピットにいるエンジニアに常時通知しています。時にはセンサーがピストンの状態も監視して、それをもとにエンジニアがディスクとパッドの摩耗量を推定する場合もあります。

 
 

こうした諸要素を監視することによって、あらゆる使用状況下でのトラブルを未然に防ぐとともに、ブレーキバランスの調整やブレーキングによる回生エネルギーの情報をリアルタイムでドライバーと交信しています。 センサーの他に、ブレンボは、ブレーキディスクに一定の深さの溝を施したものをル・マンのLMP1マシンに供給しています。これらの溝は、給油やドライバー交代のためにピットインした際にディスクの状態を素早くチェックするためのものです。見えなくなっている溝が1つでもあれば、新品時の溝の深さ以上にディスクの摩耗が進んだ証拠です。どの溝も全部消えていれば、性能のレベルが明らかに低下してしまっているため、ディスクの交換が必要です。 ​


 

​ブレーキ性能の比較


F1マシンとLMP1マシンではサーキットが違う以上、ブレーキ性能の比較など無理だと思われるかもしれません。そこで、F1とル・マンのそれぞれで最も強いブレーキングをとりあげて、各平均減速度に制動時間と制動距離を関連付けて計算することで両者を比較してみました。

F1マシンとLMP1マシンには概して非常に大きな違いがあります。そして、ブレーキ時の挙動はブレーキ単体では語れませんし、語るべきではありません。両者はそもそも重量配分と空力負荷が異なるうえ、何よりタイヤにおいて、ブレーキ性能に重要な役割を担うサイズとコンパウンドという基本属性の違いがあります。

完璧ではないもののいざ比較をしてみると、興味深い結果が得られました。 

 

 



 


LMP1:最長のブレーキングは1秒あたり約19.8メートル


ル・マンの第1シケイン(第5コーナー)では、LMP1マシンは時速約334.7キロのアプローチからブレーキを3.21秒間操作し、約195メートルの走行距離で時速約109.4キロまで落とします。コースアウトせずシケインを通過するにはこれが上限の最高速度です。このときドライバーは約99.8kgの力でペダルを踏み、身体には3.5Gがかかります。

これをF1イタリアGPの開催地モンツァのパラボリカ(最終コーナー)と比較してみると、パラボリカへのアプローチスピードは時速約313キロ、ブレーキ操作は1.22秒でその間の走行距離はわずか約72メートル、時速を約204キロまで落とします。このときドライバーが受ける負荷はすさまじく、身体には6.7Gの減速度がかかり、ペダル操作には199.6kg強の力を要します。

以上を整理すると、F1マシンの場合は、1秒で時速約89キロ(313-204/1.22秒)相当の減速が可能ですが、LMP1マシンで計算すると、1秒分の減速は時速約70キロ(334-109.4/3.21秒)となります  ​ 

​これには反論も少なからずあるでしょう。モンツァでは、ピーク速度まで上げるためにマシンの重量配分を軽減することで最高値を実現しています。​


確かにその通りですが、シンガポールやモナコのような、コーナーが極端に多いサーキットでもF1マシンは驚異的な制動力を発揮しています。シンガポールGPの開催地であるマリーナベイ・ストリート・サーキットの第1コーナーは、1.98秒のブレーキ操作で時速294.5キロから時速135.2キロまで減速します。これを1秒にすると時速約80キロ分の減速です。モナコGPの、トンネル通過後最初のシケイン(第10コーナー)では、2.03秒のブレーキ操作で時速約286キロから時速約93キロまで落とします。つまり、1秒で時速約95キロ分の減速です。​


 

F1マシンの方が、約1メートルのブレーキングにつき時速約0.5キロ分だけ制動力が上回ります。


 


ル・マン24時間レースとF1イタリアGPの数値に戻って考えると、約1メートルのブレーキング分の時速の差から、F1マシンの制動力が優位であることがわかります。ル・マンの開催地サルト・サーキットの第1シケインでは、約1メートルのブレーキングは時速約1.1キロ分の減速に相当します。一方、モンツァの第1シケインでは、約1メートルのブレーキングは時速約1.6キロ分の減速に相当することになります。

この差はわずかに思えるかもしれませんが、見方を変えれば非常に大きな違いです。F1マシンは約72メートルの制動距離で時速約104.6キロ分以上の減速をします。一方、LMP1マシンの場合、同じ約72メートルの距離で、減速は時速約70キロ分です。モンツァの2つのシケイン(第1コーナー、第8コーナー)では、約72メートルのブレーキ区間でそれぞれ時速約122.3キロ分と117.5キロ分を減速することになります。

制動力がこのように高いことは、シンガポールとモナコの市街地コースの各レースを例にしてもわかります。マリーナベイ・ストリート・サーキットの第1コーナーでは、制動距離はわずか約81メートル、またモナコのトンネル通過後最初のシケインでは、制動距離は約115メートルです。マリーナベイの第1コーナーでは約81メートルの制動距離で減速は時速約114.3キロ分、モナコの方は、同じ制動距離で減速は時速約120.7キロ分です。​


 

以上をまとめると、F1マシンとLMP1マシンとで制動力を競うレースを仮に開催した場合、スタートから300キロ~500キロまではF1マシンが間違いなく圧勝です。ただ、皆さんお察しのとおり、F1マシンは、ル・マン24時間レースの8分の1の時間が経過した時点で、ブレーキが使いものにならなくなってしまいます。​


 
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