ブレンボ:小型の「風洞」を備えたブレーキ用テストベンチ

2016/05/23

 ブレンボ:小型の「風洞」を備えたブレーキ用テストベンチ

レッドブル・レーシングの天才的レーシングカーデザイナー、エイドリアン・ニューウェイ氏は、我々のF1に対する考え方を大きく変えました。イギリス人のエイドリアン氏は、シェークスピアと同じストラットフォード・アポン・エイボンの出身で、彼がこの数年でF1の技術分野に対して行ったユニークな貢献は、今までほとんど誰もが気づかなかったものでした。ニューウェイ氏によれば、車体のどの部品も性能向上をもたらすはずだということです。例えばブレーキシステムは、コーナーでいかに素早く減速させるかだけではなく、他にも大切な役割が少なくとも2つあると言います。空力特性を改善して車両の引き摺りを減らすことに加え、タイヤが予選でも決勝でも1周目から適温になるように温めることです。


 
 

チームごとに異なるF1のブレーキシステム

ブレーキの製造開発の世界的リーダーであるブレンボは、これまで「モータースポーツ」をテストベンチにして研究を行ってきました。レースで培ったイノベーションは、一般向け製品に対して常に影響を与えます。

 

ベルガモに本拠地をおくブレンボは、現在6つのF1チームを担当しています。設計者の要求に応えるためには、高品質のF1用ブレーキシステムを単に供給するだけでは足りません。ブレンボのレース担当ディレクターを務めるマウロ・ピッコリ氏が説明してくれました。

        

「シリーズ中は、カーボンディスクの仕様を3回、4回と変えることがあります。リアディスクの直径を下げたり、通気口を増やたり、ブレーキ面を温度変化に対応できる仕様に変えたりします。供給するブレーキシステムは2セット仕上げるのですが、要求はチームごとにさまざまで、チームの規模にかかわらずすべて特注の設計仕様ですから、部品を在庫としてもつのは無理なんです。」

        


ディスクのベンチレーション・ホール1000個の加工に費やす時間は12時間

         

空冷用のホールの個数が1000個もあるディスクは、1枚の穿孔加工に10~12時間も要します。ディスクもサーキットごとにサイズやデザインに変化を加えて放熱性を調整しています。どのブレーキシステムも、カスタマイズと綿密な研究が融合した結果であり、現在専門技術者180名で構成するブレンボ・レーシングのチームとチーム担当の技術者とが緊密に連携して作り上げています。


 

動力式ブレーキ試験機は「ミニ風洞」

したがって研究の密度はますます高まる一方です。シーズン中のサーキットでのテストが禁止となってからは、開発にはテストベンチを使用するしかありません。担当する各チームの要求に常に敏感に対応してきたブレンボ・レーシングは、他社に先がけてダイナモメーター搭載のテストベンチを2台導入しました。

 

クルノにある最先端技術を扱う自社工場内で、機密として管理しています。特にそのうち1台は、F1の各チームがこぞってうらやましがる、まさに「至宝」です。その正体は、言葉は正確ではありませんが小型の「風洞」のようなもので、車体にどんな空気の流れが生じるかを正確にシミュレートして冷却用の気流を調整することができます。話題にのぼることはほとんどないものの、非常に興味深い装置です。

 
 

 

 
現代美術の傑作、ブレーキダクト


F1のホイールにカーボン素材のブレーキダクトが徐々に採用されはじめ、通気口、フラップ、気流制御装置などが加わってますます複雑化しています。その形状は、まさに現代美術の傑作ともいうべき非常にデザイン性の高いものになりました。F1マシンのタイヤの回転で生じる乱気流を整えることで、車体の引き摺りの低減やダウンフォースの増加が可能なことに気づいた空気力学の技術者たち。彼らの視点が生み出した造形美です。

 

 
 


 

数々の秘密が隠された「バスケット」


FIAのレギュレーションは非常に厳しいため、一連の研究で性能の改善につながる可能性が見つかると、技術者が調査を行います。ブレーキ界ではこれまで数多くの重要な発見がなされてきました。ブレーキダクトが目に見える業績の成果だとすると、目に見えない部品でブレーキシステムがどんな影響を受けるかを解明する必要があります。ディスク、キャリパー、ハブキャリアは、複合材料でできた「バスケット」の中に隠された状態です。カバーであるこの「バスケット」は、計算流体力学で高度に複雑な研究を重ねた成果であり、そのノウハウはブレンボのテストベンチで活用されています。長年F1のパドックの常連の一人であり、テストマネジャーとしてテスト検証部門で現在「ミニ風洞」の責任者を務めるブレンボのロベルト・マラゴーリ氏に、詳しいお話をうかがいました。


 

ブレーキ用テストベンチで作り上げる完璧なコーナー

「コーナーでのフルブレーキの機能をシミュレートしてさまざまな影響を解析するに使うテストベンチです。チームは一週間予約してかかりきりでテストします。材料は持ち込みです。サスペンションやホイールをテストベンチに装着して、自分たちが再現したい“コーナー”を作ります。」テストはどんなことをするのですか?「まず、テレメトリーのデータをベースに実際のレースをシミュレートして、ノーマルのブレーキングからテストします。温度やブレーキトルク、空冷性などあらゆる面をチェックします。全部専用のプログラムで電子制御します。実際には、チームでいったんベースを1つ仕上げてから、新しいパターンを試みています。「バスケット」の目を小さくしたり逆に粗くしたり、ダクトを調整して細かい気流を取り込みます。」


 
 

ブレーキで熱した空気を利用してタイヤを温める

「風洞」のテストのように一度に1つずつ変えていく例が他にもあります。ごく最近までは、熱せられた空気をいかに早く逃がしてブレーキシステムを守るかがテーマでした。ところが最近は、設計者らの考えは、取り込む空気(ディスク供給用とキャリパー供給用)と放出する空気の流れを、選んで活用する方向に進んでいます。タイヤを適温に上げるためにホイールに熱が必要であれば、ディスクの近くに開口部のある「バスケット」を利用して、出てくる高温の空気(トップスピードでコーナーに入ると1000度にも達します)を、放散させずにホイールにあてて、熱を必要な場所に供給します。例えばフェラーリは、ティアドロップ形状の開口部が3つあいた「バスケット」を使用しています。ちなみに開口部はシーズンの最初の頃は円形でした。


 


 

クルノの施設で研究を実施する4チーム

ブレンボのレース用テストベンチを定期的に使用しているチームは、現在4チームあります。そのうちのいくつかは、F1マシンのこの繊細な部分が戦略的にいかに重要かを認識して、各自のファクトリーで「風洞」作りを試みてきたチームです。マラゴーリ氏の話は続きます。「テストベンチには、一定の速度で回転する強力なファンがあって、電動モーターコントローラーをプログラムで制御して、気流を増減します。


 

サーキットのF1マシン上に “コーナー”の向かい風を作り上げるようなものです。

 

気流はホイールスピードに応じて調整します。時速360kmでは気流のスピードは秒速100mまで達しますが、ダクトに入るとき抵抗を受けて気流の量が3分の1に減るので、秒速30mまで低下します。

 

ですから、圧力を気流の入口やダクトの内部など各部品のあちこちで測定します。システムの効率が非常に重要です。でないと大きい通気口が必要で、そうなると空気力学のバランスが崩れてしまいます。」



空力特性の向上に使われる通気口タイプのハブ   

レッドブル、フェラーリ、ウィリアムズ、マクラーレンの各チームは、特定の(スピードが比較的低い)サーキットで通気口タイプのハブを使用します。.

 

 

このハブは、ブレーキから取り込んだ空気を、気流の乱れがほとんどないホイールの中心へ送ります。ホイールの縁から出てきた高温の気流は、フロントウィングのシールドで向きが変わってフロントタイヤの「壁」を避けるように流れてくる気流に向かって流れます。このとき気流がうまくシンクロすれば、ダウンフォースの増加によって気流がリアディフーザーへ流れます。これは非常に難しい仕組みで、完成までには計算流体力学に基づくシミュレーションの研究を広く進め、動作テストをブレンボのテストベンチで重ねていく必要があります。


たゆまぬ研究

マラゴーリ氏や性能担当の技術者、部品の組み立てや分解に携わるメカニックたちとともに研究に励むのは、空気力学専門の技術者です。コンピューター上でセンサーの数値を解析して、ブレーキシステムの有効性が向上したかどうかを評価する専門技能の持ち主です。「一定の成果を期待して臨んで、結果はコンピューター上のシミュレーションと違っていた、ということはよくあります。」マラゴーリ氏は最後にこう言いました。「ただ、それが次の新しい研究の入口になるんです。」

 

こうしてブレンボ・レーシングは、これからもイノベーションをフル活用したブレーキシステムを実現するとともに、専門技術者らが持つさまざまな領域のノウハウを形にしていきます。自動車テクノロジーの最高峰であるF1。この分野に携わる彼らの中には、これまでの輝かしい功績にあぐらをかく人は一人としていません。