各フォーミュラ1チームに特注ソリューションを提供することで、ブレンボは車とドライバーそれぞれのニーズと要望を反映させています。各チームはブレンボのエンジニアとコラボレーションして、車両固有の必要条件に基づき、新しいブレーキキャリパーの重量と剛性の最適なバランスを定めます。
ブレンボの洗練された設計手法が、望ましいバランスを実現するカスタムブレーキキャリパーモデルの作成を可能にしました。これについては、より軽く剛性は低めのキャリパーを好むチームもあれば、剛性は高いが重いソリューションを選ぶチームもあります。
各車のブレーキシステム専用ソリューションを開発するようブレンボを動かすのは、微妙なバランスなのです。その方法を詳しく見てみましょう。
各チームの構造方針が大きく異なるため、ブレンボによるキャリパーのカスタムは、かなり広範囲に及びます。コラボレーションはキャリパーの設計前から既に始まっており、各チームが必要とする重量と剛性の最適なバランスを目指します。より軽く剛性は低めのキャリパーを好むチームもあれば、重量を犠牲にしても剛性を優先するチームもあります。
キャリパーの冷却方法にも大きな違いがあります。外側ボディに換気フィンを要求するチームもあれば、ピラーはフィンより狭いが深いのを好むチームもあります。他のチームでは、キャリパー上端の部品を覆うカバーで、剛性と理想的な換気の両方を確保することが好まれます。
キャリパー内の過熱は、極限の条件下でブレーキシステムが故障する主な原因です。そのため、ブレンボの設計者は、各ホイールコーナーの空気との熱交換面 を増加させることなら何でも、特別な注意を払っています。
換気に加えて、ブレンボキャリパーは高ブレーキトルクを地面に伝達する能力と、重量の最適化で際立っています。不要な重量は1グラムでも排除することで、バネ下重量が減少し、その結果、方向転換時の加速と速度に明らかな利点が生じます。
ブレンボはまた、ブレーキのマスターシリンダーとバイワイヤユニットを各チームに供給しています。これらのユニットはリアブレーキを管理することを目的としており、回生入力 に基づいて消散ブレーキの寄与度を瞬時に変化させ、前車軸と後車軸の正しいバランスを確保するものです。
ディスクについては、規制により厚さは最大32mm、直径はフロントが325mm~330mm、リアが275mm~280mmと定められています。加えて、冷却孔の最小直径は3mmです。
フロントディスクの穴数は、冷却の必要性に応じて1,000~1,100個の範囲であり、リアディスクの穴数は、最も厳しい条件では最大900個です。
ブレンボが供給するディスクのスプラインカップリングには、ワイドスプラインと片面スプラインの2種類があります。前者では、ドラッグの厚さ、つまりベルと接触する部分は、ディスクの厚さに等しくなります。一方、片面スプライン仕様では、ドラッグの厚さはディスクの厚さ未満となります。チームがどちらを選ぶかは、トルク伝達を重視するか、冷却を最大化するか、チームの設計思想によります。
ブレンボ・カーボンディスクの製造に使用するカーボン材料は、高性能と一貫性を兼ね備えており、低温でも一貫して最適な状態を保ちます。さらに、ディスクの摩耗が非常に少ないため、チームは走行距離を伸ばすことができます。ほとんどの場合、1セットのディスクでレースウィークエンド2回分は持たせることができます。
ブレンボ製パッドに使用する摩擦材は、大きく変更されてきました。実際に使用している材料は、摩耗を大幅に減らし、より効果的な熱伝導性が保証されています。
パッドのカーボン材料は、優れたウォームアップ時間を確実にします。これは、圧力と温度の両方における幅広い使用範囲、また予測可能なブレーキ応答のため、最適な効率の動作温度に素早く到達することを意味します。
これらはすべて、ドライバーがブレーキシステムを完璧に調整できるようにする機能です。非常に低摩耗で、これは常にペダルの剛性が変わらず、レースを通じてパフォーマンスを発揮することを意味します。ブレンボのディスクに使用している材料は、全チーム共通です。ブレンボは1シーズンを通じて、車両2台で構成される各チームに平均280~480枚のパッドを提供します。
ブレンボ・レーシングHTC 64Tは、あらゆるレース条件で最高の性能を発揮するよう特別に考案されたものです。ドライ沸点335℃で、180℃超の並外れた低圧縮性を持つこのブレーキフルードは、極限の条件下でもしっかりと安定したブレーキペダルを実現します。ブレンボ・レーシングHTC 64Tブレーキフルードは、フォーミュラ1の各チームに選ばれています。
ホイールコーナー、マスターシリンダー、BBWユニットにセンサーを使用することで、チームはディスクやパッドの温度、ブレーキ圧、マスターシリンダーの移動距離など、多くの動作データをリアルタイムでモニターできます。チームのエンジニアは、収集されたデータに基づき、シングルシーターのブレーキ温度とバランシングを最適に管理して、ドライバーを支持することができます。
各GPでチームを支援するトラックエンジニアの存在に加えて、ブレンボはリモートガレージを通じた支持も提供しています。この施設では、技術者が本社からリモートでチームをフォローすることができ、高性能コンピューター、専用データ受信回線、生放送用大型スクリーン、チームとドライバー間の通信を監視するアプリケーションなどを備えています。
フェラーリで勝利のデビュー
ブレンボは1975年にフォーミュラ1デビューを果たし、スクーデリア・フェラーリに鋳鉄ブレーキディスクを少量供給しました。
ブレンボのディスクの耐久性と効果は、抜群の312Tとの相乗効果により、シーズンを勝利で飾りました。フェラーリはグランプリ14戦中9回ポールポジションにつき、11回表彰台に立ち、6回の優勝を飾り、コンストラクターズとドライバーズの両方でタイトル獲得を確かなものにしました。
ニキ・ラウダはブレンボ製ブレーキを巧みに使いこなし、オーバーテイクが必要なときには積極的にブレーキをかけ、リードしているときには慎重にシステムを管理しました。
1964年以来チャンピオンを獲得していなかったフェラーリが栄光に返り咲いたことで、ブレンボはエンツォ・フェラーリから信頼を得るようになり、この時からエンツォ・フェラーリは常にブレンボのブレーキに頼るようになります。1976年、ラウダがニュルブルクリンクでクラッシュしたために、連続優勝は僅差でかないませんでしたが、それも1977年まで延びたにすぎません。
この10年間は、フェラーリがジョディ・シェクターの活躍によって3度目のドライバーズタイトルを、才能あるジル・ヴィルヌーヴの尽力によって4度目のコンストラクターズタイトルを獲得し、幕を閉じました。
上位チームに開かれたブレーキキャリパーのイノベーション
ディスクで目覚ましいレベルの性能と信頼性を獲得したブレンボは、1980年代にブレーキキャリパーの開発に重点を移し、フェラーリに英国チームに対する競争力を与えることを目指しました。
1982年、ブレンボは4ピストンラジアルマウントキャリパーを発表しました。これは、2つのアルミニウム部品をボルト締めで組み合わせたものです。フェラーリは2年連続でコンストラクターズタイトルを獲得しましたが、運命はジル・ヴィルヌーヴと後にディディエ・ピローニに打撃を与えました。
アイルトン・セナはブレンボのキャリパーに魅了され、F1におけるブレーキの技術的進化を認識します。
ブラジル籍ドライバーのセナは、4パッドキャリパーから8ピストンやアルミ合金を使ったものまで、新しいソリューションを試しました。セナはブレンボ製キャリパーを使用して、ロータス在籍時にグランプリで初勝利から6回の勝利を確実に手に入れ、その後マクラーレンでもブレンボ製キャリパーを要求し、1989年に導入されました。その前年の1988年、ブレンボは最初のシングルピースモノブロックキャリパーを製造し、疑い深い人たちを黙らせました。
シューマッハ神話の誕生
ブレンボのモノブロックキャリパーがもたらしたブレーキ革命は、他にもベネトンをはじめとした多くのチームの注目を集めました。
ミハエル・シューマッハの加入でベネトンチームは大きく飛躍し、1994年と1995年にはドライバーズタイトルを獲得します。シューマッハは、レースを通じて安定した性能を発揮する、短くてレスポンスの良いブレーキペダルを好みました。さほど目を引く体格ではないものの、ブレーキペダルに入れる力は相当なものでした。
シューマッハはフェラーリでブレンボと再会し、その助けもあり首位に返り咲きます。一方、ブレンボは1996年モナコGPで、リジェの前回の勝利から15年を経た歴史的勝利に貢献し、またジョーダンの初優勝を支えました。
当時、ブレンボは巨大チームも小規模チームも区別することなく、キャリパーを要求するどのチームにも同じキャリパーを供給していました。
換気とフェラーリの記録に関する研究
2000年代前半は、シューマッハがフェラーリで歴史的な5連覇を達成した時代です。
ドイツ籍のシューマッハは記録を塗り替え、世界選手権で7勝、1シーズンのグランプリで13勝(2004年)、2002年シーズンの全レース(17戦中17戦)で表彰台に立ちました。シューマッハがこのとき使用したブレンボ製カーボンディスクには、当初72個の換気孔がありました。
ブレンボはキャリパーの性能と耐久性を向上させると同時に、ディスク技術にますます注力し、動作温度を管理するソリューションを見出しました。2006年には穴の形が楕円形、数は100個ほどになり、2008年には穴が部分的に重なる2列に配置され、数は200個と倍になりました。
革命的なブラウンGPは、ブレンボのより軽量でコンパクトなリアキャリパーの恩恵を受け、2009年のデビューシーズンでライバルを圧倒しました。
新時代の幕開け
ブレンボは、より強力なソフトウェアと数値流体力学を駆使して、それぞれの車用にカスタムキャリパーを開発し、剛性とホイールコーナーのエアフローを最適化するとともに、ディスクの換気孔の数を増やしました。
2012年には600穴でしたが、数年後にはディスク直径の縮小もあって1000穴を超えました。この時期の強豪レッドブルの筆頭にいたセバスチャン・ベッテルは、ブレーキ材料に対する天性の感性を持ち、正確なフィードバックで貢献しました。
レッドブルの時代は2013年に幕を閉じます。同じ年にブレンボが発表したCER材料により、急速加熱とリニアレスポンスが可能になりました。2014年にはブレーキ・バイ・ワイヤーが登場し、ルイス・ハミルトンが在籍するメルセデスの時代を築きました。
イギリス籍ドライバーのハミルトンは、ステアリング角を大きくしながらブレーキを使用するトレールブレ-キングを得意としていました。ブレンボは、アルミリチウムキャリパーと最大1,260個の換気孔を備えたディスクで重要な役割を果たしました。
ブレーキディスクの進化
2020年、ブレンボはカーボンディスクの換気孔数をさらに増やし、7列に配置された1,470個の穴を持ち冷却効果を高めたディスクを製造しました。
ブレンボは、外径のバリエーションに基づいて6種類のディスクから各チームが選べるようにしました。しかしながら、2022年の規制で変更が義務付けられました。ブレーキパッドの穴は禁止され、ディスクの穴は直径3mm以上にする必要がありました。
その若さにもかかわらず、マックス・フェルスタッペンは他をしのぐドライバーとなり、レッドブルをトップに返り咲かせました。オランダ籍のドライバーであるフェルスタッペンは、彼の車用にカスタムデザインされたブレンボ製6ピストンアルミニウムキャリパーを使用して、4年連続でタイトルを獲得し、2023年グランプリでは22戦中19勝という驚異的な記録を打ち立てました。
2024年、ワイドスプラインディスクを補完するため、ドライブエリアが明らかに薄くなった片面スプラインディスクが追加されました。